Simon & Garfunkel「THE BOXER」
![]() | 明日に架ける橋 (2003/12/17) サイモン&ガーファンクル 商品詳細を見る |
今回はサイモン&ガーファンクルの名曲「ボクサー」を取り上げてみたいと思います。ポール・サイモンがこの曲を書いたのは1968年の夏ですが、何度も手が加えられ、完成したのは12月と言われています。録音に費やした時間は100時間以上、発売までに5ヶ月かかったというこの大作は、全米7位のシングルヒットとなりました。
1970年に発表されたサイモン&ガーファンクル最後のオリジナルアルバム『明日に架ける橋』にも収録され、この名盤はグラミー賞最優秀アルバム賞と最優秀録音賞を受賞しています。
当時としては珍しく5分を越える長さの名曲「ボクサー」、その複雑かつドラマチックな展開の凝りに凝ったサウンドを、じっくりと聴いていきましょう。
アルバムのライナーノーツ等によると、ギターの録音はナッシュビルで、ボーカルや管弦楽器はコロンビア大学の礼拝堂やニューヨークのセント・ポール教会、コロンビア・スタジオなどで録音したとの記載があります。が、これはどうやら各パートに最も適したサウンドの収録を追求した訳ではなく、当時映画の撮影で忙しかったアート・ガーファンクルのスケジュールの合間を縫って、スタジオ等にこだわらずに録音を進めたため、というのが本当のところのようです。ただし複数の場所で録音されたサウンドが、結果的に立体的な響きをもつ素晴らしいサウンドの基になったという事も充分あり得るでしょう。
サイモン&ガーファンクルのボーカルは左右に振り分けられることなく基本的に中央に定位しています。この2人の歌声は相変わらず奇跡のような調和を見せており、まるでこのハーモニーは2人でひとつの楽器なのではないかと思ってしまうほどです。ハイトーンのアート・ガーファンクルの歌声は決して細くなく、柔らかく大きな音像で、むしろポール・サイモンのボーカルを包み込んでいるかのように聞こえます。これはアート・ガーファンクルの口の大きさによる効果かもしれませんね(笑)。「♪ライ・ラ・ライ~」というサビではボーカルのリバーブが深くなりますが、サウンドの厚みを増す程度の効果で、決して嫌味な程ではありません。
この曲のサウンドを特長づけているのは何と言ってもアコースティックギターでしょう。かなりの本数のギターがオーバーダビングされているようですが、曲全体を通して要となっているのは左右に振り分けられたスリーフィンガー・ピッキングをメインとした2本のギターです。
冒頭のたった1小節でギター小僧のハートを鷲掴みにする(笑)滑らかかつ複雑な和音のピッキングは、左チャンネルから聞こえる柔らかな音色のガットギターで、これはどうやらフレッド・カーター・Jr による演奏のようです。右チャンネルのスチール弦ギターがポール・サイモンの演奏で、こちらは高音弦のきらびやかな硬くシャキッとした豊かなサウンドといった感じです。この2本のギターに、特徴的なオブリガードのようなフレーズ(これはドブロギター?)や曲を盛り上げるコードストロークのギター等が数本重ねられて、全体の分厚いギターサウンドが構成されています。
リズム楽器は、右チャンネルから聞こえるバスドラムと、左チャンネルのポコポコと鳴るパーカッション類、それにサビとエンディングの盛り上がり部分に登場する、この曲の大きな特長でもある「モンスター・ドラム」くらいで、非常にシンプルなリズム構成と言えるでしょう。シンバル等のカナモノ楽器はまったく聞こえてきません。
この本当にボクサーのパンチを連想させるような絶大なインパクトを持つ「モンスター・ドラム」に関して「ニューヨークにあるCBSビル内のエレベーターの屋根上で録音された」という表記がありました。エレベーターの屋根上、とは分かりにくい表現ではありますが、そのままの意味で捉えれば、エレベーターの(人が乗る)箱の天井の上に出て楽器(スネアドラムでしょうか)を鳴らし、エレベーターの箱が上下する昇降路という縦に長い空間の残響音と共に録音した、ということになるでしょう。
現在ではデジタルリバーブのパラメーターを調整すれば似たようなサウンドはすぐに再現できるかもしれませんが、これは当時としては斬新かつ画期的なアイデアであったに違いありません。
この「モンスター・ドラム」のサウンドは本当に素晴らしく、音の立ち上がりの鋭さ、残響の密度の濃さ、そして曲のテンポにぴったりマッチした残響の減衰時間(リバーブタイム)に至るまで、完璧なサウンドと言えるでしょう。後の録音技術に大きな影響を与えたであろう事も、容易に想像できます。
また、特徴的なサウンドとしては左チャンネルから聞こえるバス・ハーモニカも挙げられます。口の中の形を変化させたトーキングモジュレータのような音色効果が非常に印象的ですね。これは故郷を出てきたという歌詞の部分で登場することから、汽車の音を表現していると思われます。
更に、間奏部分のソロをとるリード楽器も不思議なサウンドで、これは一体何の楽器なのだろうと思いましたが、これはネット上で答えが見つかりました。私はペダルスチールギターをダブリングした音だと思っていたのですが、正解はペダルスチールギターとピッコロ・トランペットのユニゾン(左右に振り分けたオーバーダブ)なのだそうです。
この部分、後のライブ映像ではマイケル・ブレッカーがEWIで演奏していましたが、シンセサイザーなど使わなくても新しくて不思議なサウンドはアイデア次第でいくらでも作れる、という事を、この40年以上も前に録音されたこの曲から教えられたような気がします。
このペダルスチールギターとピッコロ・トランペットというよく似たサウンドの楽器のユニゾンも、そしておそらくは「モンスター・ドラム」も、エンジニアであるロイ・ハリーのアイデアによるものでしょう。本当に素晴らしいですね。
終盤に「♪ライ・ラ・ライ~」のコーラスでこの曲は目一杯盛り上がっていきますが、この部分も実によくできています。
まずはこのコーラス部分でいつも登場する「モンスター・ドラム」、追いかけるように左チャンネルにストリングスが現れます。更に低音のコーラスも左チャンネルに追加され、次に右チャンネルにストリングス、追ってコーラスが鳴り出します。このコーラスもかなりの回数オーバーダビングされているでしょう。ストリングス、コーラス共に充分に厚みが出たところで、今度はダメ押しのごとく中央に低音の管楽器(チューバかな?)が登場し、盛り上がりは最高潮に達します。
そしてエンディング部分ではこれらの楽器がふっといなくなり、それまでのアコースティックギター群とバスドラム、パーカッションが残り、これらが淡々とリズムを刻んだ後、静かに終わるという構成も実に格好良く決まっていますね。
しかし、ストリングスや低音の管楽器が抜けた直後、中央に突然現れるアコースティックギターは音楽的にも音響的にも不自然な感じがします。ちょっと引っかかったようなアクセントとなり、そういった意味では狙いと受け取ることもできますが、これはもしかしたらミュート解除のタイミングを逸した編集ミスなのかもしれません。
すぐ後に続くスキャット風の短い声も妙に中途半端な印象があります。美しく流れすぎることを嫌って、ミスもまた良しとしてOKを出したのでしょうか。私はそんな気がしてなりません。
また、コーダ部分というのでしょうか、一番最後のジャラ~ンというアコースティックギターの音は、よく聴くと中央付近から右チャンネルの方へ流れて行くように聴こえます。
これも想像ですが、複数のギターがすべて最後の音をジャラ~ンとやったら威勢が良すぎたとか、あるいは和音が濁って聞こえたとか、そんな何らかの理由により、右チャンネルのギターのみを活かす事になったのでしょう。他のチャンネルのギターはフェーダー操作により排除したのですが、それまで鳴っていた音を強制的に絞った結果、最後に残った右チャンネルの方向に音像が移動したように聞こえてしまった、というのが論理的な説明だと思うのですが、どうでしょうね。
ポピュラーミュージックにおける録音技法がまだまだ発展途上だった時代に、たっぷりと時間をかけ、斬新なアイデアや実験的な手法を次々と取り入れて丁寧に作られた楽曲は、現代のリスナーである私達の心をも大きく揺さぶります。サイモン&ガーファンクルの「ボクサー」は、まさにその代表曲であり、こういった曲のサウンドを読み解くように聴き込む事で、いくつもの新たな発見をする事ができます。これは私にとって非常に大きな喜びなのです。
このブログではレビューのリクエストを受け付けていませんが、今回はたまたまコメントを頂いたold basket boyさんのリクエストに応えた形となりました。諸事情により記事の更新は大幅に遅れましたが、とても楽しくレビューすることができました。
old basket boyさん、ありがとうございました。
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