矢野顕子『SUPER FOLK SONG』

2012.06.08(Fri)


SUPER FOLK SONGSUPER FOLK SONG
(1992/06/01)
矢野顕子

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今回は1992年に発表された矢野顕子のアルバム『スーパーフォークソング』を取り上げてみたいと思います。これは後にピアノ弾き語りシリーズと呼ばれる最初のアルバムで、心に染みる名曲の数々を、矢野顕子がシンガーとしてピアニストとして、全身全霊をかけたパフォーマンスで一発録音した、聴き応え充分の名盤です。
全編ピアノとボーカルだけのこのアルバム、はたしてサウンドレビューができるのでしょうか…(笑)。

現代において音楽の録音は、それぞれの楽器やボーカルなどを別々に録音した後に編集を施し、最も聴きやすいバランスにミキシングして完成するのが常識となっています。弾き語りやソロ演奏による楽曲の場合でも、何度か演奏したものを録音し、後でそれぞれの良い部分を繋ぎ合わせて編集するのが一般的です。これは完成度の高い作品を効率的に作り出すために確立した録音技法なのですが、このアルバムではあえて録音後の修正・編集を一切行わない2トラックダイレクトレコーディング、いわゆる一発録音が採用されました。これはおそらく、弾き語りが矢野顕子の音楽の原点ともいえる演奏スタイルであるゆえのこだわりなのでしょう。

矢野顕子といえば、卓越した表現力を持つ天才肌のアーティスト、という印象を多くの人が持っているでしょう。弾き語りの一発録音なんて、ちょいちょいとこなしてしまうのではないかと思いがちですが、それは大きな間違いです。少しでも演奏ミスがあれば最初からやり直し、納得のいく録音ができるまで何度も何度もテイクを重ねるというレコーディングは、私たちには想像もできないほど困難を極めたものだったようです。この鬼気迫るようなレコーディングの模様はドキュメンタリー映画になっているので、興味のある方はご覧になってください。矢野顕子の自分自身に対するジャッジのハードルの高さは驚愕の一言です。

前置きが長くなりました。早速サウンドレビューといきましょう。

このアルバム『スーパーフォークソング』は、レコーディングスタジオでなく、ホール(東京都渋谷区の津田ホールと、長野県松本市のザ・ハーモニーホールの2カ所)で録音されています。そのため全体に長く深めの残響を伴っていて、特にピアノはふわっと柔らかいサウンドが印象的なのですが、太くダイナミックな低音と、繊細で雰囲気のある高音のバランスが素晴らしく、なるほどこのサウンドを得るためにホールで録音したのかと、大いに納得してしまいました。このサウンド傾向は後のピアノ弾き語りシリーズにも引き継がれています。
ちなみに、どの曲がどちらのホールで録音したものなのか、響きをよく聴けばその違いがわかる人もいるかもしれませんが、私には判別がつきません。

そしてこのアルバムは、一般的なボーカルもののCD等と比べてみると、だいぶボーカルの音量が低い事に気付くでしょう。これは、ピアノが単なる歌の伴奏という扱いではなく、いわばボーカルとピアノの二重奏であり、どちらも対等な主役であるという事なのだと思います。ずば抜けた表現力を持つボーカルとピアノのガチンコ勝負ですね(笑)。その相乗効果で、私たちリスナーは歌の世界にぐいぐい引き込まれていきます。

シンプルながら深い意味を持つ歌詞を、独特のスタイルで歌う矢野顕子のボーカルは、ささやくような声から大きく張り上げるような声まで相当広いダイナミックレンジを持っていますが、実に自然に聴こえます。どちらかというとカン高い声質ですが、きちんと感情が制御されていて耳にイタいようなサウンドではありませんし、柔らかなピアノの音に埋もれてしまうこともありません。
ホールの深い残響はボーカルの後を追いかけるように聞こえてくるので、発音の明瞭度はしっかり保たれていて、音量は低くても歌詞をはっきりと聴き取ることができます。

迫力あるピアノの音像はどっしりと大きく左右に広がっていますが各音の定位は曖昧で、中高音をフォルテ気味に弾いた時のみ、左チャンネル側から聴こえてくるのが分かる感じです。そういえばフォルテで弾いたからといって、必ずしもサウンドが硬くなるという訳ではない、という事も再認識できました。ベロシティで一律にサウンドが決定してしまうサンプリング音源とは決定的に違う、アコースティック楽器ならではの多彩な表現力を見せつけられたような気がします。
また、時々微かにカチカチという軽めのノイズが聞こえていますが、これはペダル操作による音でしょうか。音数が少ないため、よく聴くと他にも演奏に伴ういろいろな音が聞こえますが、これらをノイズと呼んではいけませんね。リアリティのあるピアノのサウンドです、はい。


ボーカルとピアノ(とホールの残響)の音しか入っていないアルバムですから、全体的なサウンドという面で私に言えるのはこれくらいです(汗)。
では、それぞれの曲について軽く触れていきましょう。13曲もあるので手短に。

イントロなしでいきなり始まる1曲目は糸井重里作詞による表題曲「SUPER FOLK SONG」です。この迫力あるピアノの低音に心を鷲掴みにされた人は多いでしょう。究極の抑揚表現ともいうべき複雑な構成の楽曲は、このあまりにもユニークな歌詞の世界と見事なまでに一体化しています。ほんとにこんな歌、聞いた事ないですよ。ユーモラスでありながら実に具体的に組み上げられたストーリーの結末を、ポンとあっさり聴き手に委ねてしまうところなど、まさにスーパー(限度を超えた)フォークソングですね。
オリジナルの糸井重里バージョン(レコード出してたんですね)も、聴いてみたいような、みたくないような…(笑)。

2曲目は、あがた森魚の「大寒町」です。全体を通して聞こえる豊かな低音のベースパターンが印象的ですね。ボーカルの音像は「SUPER FOLK SONG」よりも小さく感じられ、それがまたシンプルでロマンチックな歌詞とよくマッチしていると思います。

3曲目はなんと佐野元春の「SOMEDAY」です。原曲とはまったく雰囲気の異なるバラードに編曲されていますが、私としてはこちらのほうがより歌詞の持つ哀愁がずしんと胸に響いてくるように思います。でも、こんな風に歌えるのは矢野顕子以外にいないでしょうね。重苦しいコードの響きと密やかな高音のアルペジオの対比が印象的です。

4曲目、大貫妙子の「横顔」は軽やかで可愛らしい楽曲ですが、驚くほど複雑なピアノ演奏に圧倒されてしまいます。これは完全にジャズピアノですね。2分半ほどの短い曲ですが、聴き応えは充分です。よく聴くとボーカルが微妙につまずいているように聞こえる部分がありますが、全体の素晴らしい雰囲気と比べればそんなのは些細なことです、はい。

5曲目「夏が終わる」は谷川俊太郎作詞による小室等の曲です。単語の羅列によってつくられた、本当に素晴らしい歌詞の世界観を、抑揚をおさえたボーカルと、シンプルながら緊張感のあるピアノがさらに盛り上げています。伴奏部分ではペダルを踏む音がはっきりと聞こえるほどに音量を抑えているため、間奏や曲の後半ではピアノの低音がまるで迫ってくるかのように感じられますね。名曲です。

6曲目、ヤング・ラスカルズの「HOW CAN I BE SURE」は、原曲よりはゆったりとしていますが、あまりアレンジを加えずに歌っているようです。ボーカルの感情表現に圧倒されます。

7曲目はウエス・モンゴメリーの「MORE AND MORE AMOR」です。あえて歌詞をつけずにスキャットで「Na Na Na…」と歌っていますね。よくわかりませんが、コードもアレンジしているのでしょう。矢野顕子が歌うと原曲よりも重み深みが感じられるように思います。

8曲目、山下達郎の「スプリンクラー」も実に重苦しく悲痛な楽曲にアレンジされています。ガンガンと打ち鳴らされるコードと、後半の、胸に迫ってくるようにリズミカルなピアノのパターンは本当に泣きたくなってくるくらい切ないですね。「スプリンクラー」ってこんな曲だったっけ? と思ってしまうくらいに矢野顕子ワールド全開です。歌詞をよりストレートに表現するなら、こちらのアレンジが正解なのかもしれないですね。

一転、笑いをこらえる事ができないほどユーモラスな9曲目「おおパリ」は、イッセー尾形の劇の幕間のために書かれた曲だそうです。たしかに念願かなった海外旅行先で病気になっちゃう事だってあるでしょう。その無念さや屈辱感、ぶつけ所のない怒りといったものを歌詞にしてしまうイッセー尾形おそるべし、その着眼点に脱帽です。ピアノはあくまでも冷静に憧れの地であるパリを表現していますが、それがまた可笑しいのです。言葉だけでじゅうぶん面白いのだから、音楽がふざけてしまったら台無しですよね、きっと。

10曲目「それだけでうれしい」は、THE BOOM & 矢野顕子の名義でシングル発売された曲の、矢野顕子ソロバージョンです。素直でシンプルなラブソングですが、その抑揚表現に圧倒されますね。間奏のピアノのダイナミックさ、サビでの伸びやかなボーカルなど、本当に素晴らしいと思います。

11曲目は、はちみつぱいの「塀の上で」です。これも切ない曲ですね。コードやメロディだけでなく、歌詞さえも微妙にアレンジして歌うことのある矢野顕子ですが、この曲の1番の歌詞は意図して変えたのではなく、単純に間違えたのだと思います。これも一発録音の恐ろしさでしょうか(笑)。

12曲目は、THE BOOMの名曲「中央線」です。これ、本当にいい曲ですねえ。イントロのアルペジオだけでその雰囲気がばっちり表現されていますが、矢野顕子はこの曲を優しく柔らかく、そして情感たっぷりに歌い上げています。ピアノのタッチも音色も、本当に柔らかくて心地いいですね。

ラスト13曲目はパット・メセニー作曲、矢野顕子作詞の「PRAYER」です。こちらもしっとりと優しい曲ですね。これほどハイトーンの曲をささやくように、つぶやくように歌いこなす表現力・歌唱力は見事の一言です。


ボーカルとピアノだけで、これほどバラエティに富んだ名曲の数々を表現してしまう矢野顕子は本当にとんでもないアーティストだと思います。アレンジやサウンドはシンプルなほど、楽曲のメロディや歌詞はストレートに伝わってくるものなのですね。かといって、全体にモノトーンなイメージには決してなっていません。それどころか、その曲が本来持っている色彩感や温度感といったものが浮き彫りになり、実にカラフルな歌世界を楽しむことができるのです。音楽好きなら、聴き終えた後に幸せな気分になること間違い無しですよ。

今回のレビューは想像以上にしんどかったですねえ。この後に続く弾き語りシリーズもいずれレビューしたいと思うのですが…、できるかな?(笑)


  


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COMMENT

あっぷるパイ

こんにちわ(^^)/

矢野顕子さんと言えば、
ささやくような高音っていうイメージばかりで
太くダイナミックな低音というのにびっくりしました

ピアノ曲は大好きです
曲や詞の提供者もすごいし、これは聴かなきゃ!

さはんじさんのレビューの力も凄いですね
聴かなきゃ!のツボにグイグイあたりました(^^ゞ

スマートフォン投稿なんで、
文章がおかしかったら添削よろしくお願いしますo(^-^)o

2012.06.08(Fri) 15:15 | URL | EDIT

さはんじ

Re: こんにちわ(^^)/

>あっぷるパイさん
コメントありがとうございます。

あ、太くダイナミックな低音はもちろんピアノの事です、念のため。

収録曲は結構古い曲が多いですが、どれも良い曲ですよね。
選曲のセンスもさすがだと思います。

もしかしたらこのレビュー、
聴いてもらいたいという気持ちが強く出過ぎてしまったかもしれないですね〜(^^;

2012.06.08(Fri) 21:24 | URL | EDIT

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2012.06.10(Sun) 13:12 | | EDIT

フェイク

こんにちは

矢野顕子のレビューとは
ちょっと驚きです

うちは昔から坂本龍一が好きで
その関連で矢野顕子もちょいちょいつまみ食いしてたんですけど
やっぱり
このかわいい声がいいですよね

矢野顕子に関しては
歌詞はもうどうでもいいかなと思ってしまいます

洋楽を聴くような感じで
言葉の意味はよくわからないけど
なんとなく癒されてしまうんですよね e-266

2012.06.10(Sun) 13:37 | URL | EDIT

さはんじ

Re: こんにちは

>フェイクさん
コメントありがとうございます。

んー、矢野顕子の声は好き嫌いがはっきり分かれるでしょうし、
好きな人にはたまらないでしょうから、なんとなくわかるような気もするのですが…。

でも、やっぱりもったいない気がしますよ。
矢野顕子の歌詞にはとっても良いものがたくさんあります。
ぜひ今度は歌詞にも注目して聴いてみてくださいね〜(^^)

2012.06.10(Sun) 21:10 | URL | EDIT

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