Suzanne Vega『SOLITUDE STANDING』
![]() | 孤独(ひとり) (2001/12/05) スザンヌ・ヴェガ 商品詳細を見る |
今回は1987年に発表されたスザンヌ・ヴェガのセカンドアルバム『孤独(ひとり)』を取り上げてみました。このアルバムからシングルカットされ大ヒットした「ルカ」は、当時アメリカで社会問題となっていた児童虐待をテーマとした曲で、虐待を受ける子ども側からの視点で書かれた歌詞は大きな話題となりました。また、都会の朝の風景をアカペラ(無伴奏)で淡々と歌う「トムズ・ダイナー」はCMで使用されたこともあり、記憶に残っている人も多いのではないかと思います。
フォークソング色の強かったファーストアルバムに比べて、バンドサウンドを重視したこの『孤独(ひとり)』は個性的なスザンヌ・ヴェガの楽曲の世界観をきっちりと維持しつつも、音楽的・サウンド的に大きな発展の兆しを見せ始めたアルバムだと言えるでしょう。
スザンヌ・ヴェガのボーカルは、声高に歌い上げる事をせず、どちらかと言えばハスキーな声で、感情を抑え淡々と語りかけるように歌います。かなりオンマイク(マイクの近く)で録音しているのでしょう、ブレスやリップノイズもよく聞こえます。さらに、もしかしたら不自然にならない程度にエキサイター等のエフェクトを使っているのではないかと思うほど、子音が強調されています。痛いくらいに硬く強調された子音や破裂音は、スザンヌ・ヴェガの鋭く重い歌詞をより効果的に伝える役割を担っていると思います。ただし、耳障りな歯擦音はきちんと抑えられていて、聴き辛いという事はありません。
アルバム全体のサウンドとしては、音圧はそれほど強くなく自然なダイナミックレンジが感じられます。ベース等の低音はだいぶ控えめで、中高音に重きを置いたクリアでスッキリとしたサウンドです。バンドのアレンジも非常に凝っていて、スザンヌ・ヴェガの独特なアコースティックギターをうまく活かすように計算されているように思います。また、ソロ楽器がメロディアスなフレーズを演奏しない事も、このアルバムの大きな特徴と言えるでしょう。それらしいソロがあるのは7曲目「カリプソ」の間奏くらいで、あとはアルペジオやリフを発展させたようなフレーズがほとんどです。この事により、楽曲の歌詞やメロディがより浮き立って聞こえてくるように思います。
さて、それでは1曲ずつ聴いていきましょう。
まず1曲目は、前にも触れましたがテレビCMで話題となったアカペラ楽曲の「トムズ・ダイナー」です。何事もない日常の風景の中、視点を近くに遠くに、現在に過去にとフォーカスさせて淡々と語る歌詞は、ただそれだけなのに心に染みるものがあります。至近距離で呟くように歌うボーカルと、背後に聞こえる短めでやや深い残響だけというサウンドは逆にインパクトがあり、都会にそぼ降る雨の光景がイメージされるように思います。アルバムの解説に、ピアノをちゃんと弾ける人がいなかったためアカペラにした、とありますが、結果的には大正解でしたね。他の音は要りません(笑)。歌詞の内容も、サウンド的にも『孤独』というアルバムの1曲目にふさわしい楽曲だと思います。
アカペラのボーカルがゆっくりフェードアウトしていくと、不意にキーボードとアコースティックギターの明るいイントロが始まり、2曲目「ルカ」へと続いていきます。この繋がりは何度聴いても鳥肌が立つくらいに素晴らしく、大好きです。続いて入ってくるスネアドラムは音量も大きいしクッキリとヌケが良く、豊かな響きにたっぷりとリバーブが乗って、絶大なインパクトです。ところが歌が始まり歌詞の意味が解ってくると、この大きなスネアのサウンドが実に痛々しく聞こえてくるようになります。ちょっと聞いただけでは明るく爽やかなサウンドと感じるかもしれませんが、硬く鋭いアコギや、ささくれ立ったようなエレキギター、そして間奏やエンディングのギターソロも、突き刺さるように痛々しいヒステリックなサウンドに感じられます。虐待を受ける子どもの言葉を淡々と歌うこの曲は、重く暗いアレンジよりもむしろ明るいサウンドのほうがより聴き手の心に衝撃を与えるのでしょう。この構成は見事と言うより他にありません。名曲です。
でもきっと歌詞の意味が分からないと、爽やかな曲に聞こえてしまうのでしょうねえ。
3曲目「鉄の街」は2部構成の曲で、原題では「Ironbound / Fancy Poultry」と区別されていますが、日本語訳では一緒くたにされているようですね。前半は貧しい街に暮らす人々を描写した重苦しい曲調です。が、それにしてはどっしりと柔らかいバスドラムも、ベースのサウンドも控えめで、低音を強調して重苦しさを表現するという安易な方法をあえて放棄しているように思えます。後半は食肉市場の壁に貼られた広告の内容をただ読み上げているだけの歌詞ですが、これによってこの街の生活がぐっとリアルに感じられます。実にスザンヌ・ヴェガらしい表現方法と言えるでしょう。エンディングの単調なエレキギターのアルペジオが深い余韻を感じさせてくれますね。
一転、強いビートを打ち出したドラムと、エスニックなパーカッションを思わせるようなキーボードのフレーズが印象的な4曲目「瞳」も強いインパクトを持った曲です。歌詞も情念的で激しい内容ですが、こういった曲調でもボーカルは淡々としたスタイルを崩さず、気だるい雰囲気さえも漂わせています。呪文のように繰り返されるサビの歌詞が強く印象に残ります。
5曲目「夜の影」は、子守唄のような優しい歌詞の曲ですが、緊張感のあるアコースティックギターのアルペジオと、閉塞感を感じさせるようなパッド系シンセサイザーが暗さを演出しています。本当にスザンヌ・ヴェガという人は一筋縄ではいかない、シニカルな表現をするアーティストですね。
6曲目は表題曲「孤独(ひとり)」です。ワンノートのベースとリムショットの単純なリズムに、ハイハットが裏拍で入ってきたかと思いきや、ドラム全体が聞こえてくると実はこちらがオモテだという「ロンリー・ボーイ」的なギミックがイントロに仕掛けられています(笑)。淡々としたボーカルに対して、ヘビーなドラムサウンドと無表情なキーボードのシーケンス、それにアタックの強いショッキングなギターが何とも言えない緊張感を作り出しています。
7曲目「カリプソ」のタイトルは音楽のジャンルを表しているのではなく、ギリシャ神話に登場する女神の名前です。スザンヌ・ヴェガが19歳の頃(デビューする8年前)の作品で、ボーカルは他の曲に比べて感情を込めた歌い方をしていますね。アコースティックギターの中低音弦を使用した独特のアルペジオが特徴的な楽曲で、ベースのフレーズもこのスタイルに倣っています。曲全体にエレキギターのボリューム奏法が神秘的な雰囲気を作り出しています。また、間奏のアタック部分が潰れたようなエレキギターのソロには、強いインパクトが感じられます。
8曲目の「ことば」は、ちょっと複雑なリズムアレンジの曲です。メロディは3拍子ですが、ギターのアルペジオパターンが不思議な感じで、ハイハットは2拍子を刻んでいます。全体的には6拍子と捉えればいいのでしょうか。んー、音楽的な知識が貧困な私にはうまく言い表せません(汗)。しかしこの曲は、適切な言葉が出てこないフラストレーションを歌っているので、まさにその内容をうまく表現したアレンジと言えるかもしれません。と、私もうまく言い逃れることができました(笑)。メロディに絡んでくるバックボーカルもちょっとイライラするような感じに聞こえますね。
しかしスザンヌ・ヴェガほどの詩人が、言葉が出てこないフラストレーションを感じる事などあるのでしょうか。
9曲目の「ジプシー」は「カリプソ」と同時期に書かれた曲で、オーソドックスなフォークソング・スタイルのラブソングです。緊張感のある曲が続いていただけに、こういうほのぼのとした曲が出てくるとホッとしますね。4拍目に交互に鳴る、軽めで豊かな響きのタムが心地よく、私は大好きです。この曲のみドラムはスー・エヴァンスという女性がプレイしています。また、プロデューサーも別人です。
スザンヌ・ヴェガのサウンドは、実はこの次のアルバムから斬新で実験的な方向に路線が大きく変わっていくのですが、10曲目の「木の馬」は、それを予兆させるような楽曲です。力強いタムのフィルを基調としたリズムパターンと、単調なフレットレスベースのフレーズが繰り返され、そこに様々なギターやシンセサイザーが重なってきます。これはリズムサンプリングを多用した音楽製作の手法に似ているかもしれませんね。そういえばこのアルバムではAKAIのサンプラーを使用しているとのクレジットがあります。たぶんそれは、この曲の途中でコーラスが重なる部分があるのですが、そのハイトーンのコーラスなのではないかと思います。私にはサンプリングしてピッチを上げたように聞こえるのですが、実際にそうなのかはわかりません。
そしてラスト11曲目は「トムズ・ダイナー」のリプライズ、インストゥルメンタル・バージョンです。カスタネットやタンバリン、ウッドブロック、トライアングル、さらにはヴィブラスラップなどのパーカッション類が賑やかに鳴る中、哀愁をおびた音色でメロディが演奏され、なんとなくノスタルジックな雰囲気になっています。全体の余韻を感じさせるという意図は理解できますが、このアルバムのカラーとはちょっと違うイメージの曲になってしまっているような気がしないでもありません。
前作のデビューアルバム『街角の詩』では、スザンヌ・ヴェガの弾き語りをバンドがサポートするという印象が強かったのですが、この『孤独(ひとり)』は彼女とバンドが一体となってサウンドを作り上げている事がはっきりと分かります。お互いに対する強い信頼感も伝わってくるような気がしますね。だいぶ個性的ですが、スザンヌ・ヴェガの世界観を表現するのに適した良いバンドだと思います。
また、スザンヌ・ヴェガの楽曲における歌詞の重要性も強く感じました。言葉の選び方、韻の踏み方が素晴らしいのはもちろんですが、歌詞の持つ雰囲気の正反対とも思えるサウンドをあえて選択し、楽曲の世界を広げるセンスもさすがです。これは歌詞が理解できないと感じることができないですね。英語がダメダメな私は、スザンヌ・ヴェガを聴くときに歌詞カードと訳詞が欠かせません(笑)。いや、ほんと。
先にも記したように、スザンヌ・ヴェガのサウンドが本当に興味深いものになるのは次のアルバム『夢紡ぎ』や『99.9F°』あたりなのですが、私はこの『孤独(ひとり)』が好きだったりします。人の心に訴えかける強い力を持つような優れた楽曲は、サウンドに凝り過ぎてしまうと逆につまらないものになってしまう危険性があると思うんですよねえ。
よろしければランキング投票をお願いします→

11:00 | Comment(4) | TrackBack(1) | EDIT