Grover Washington, Jr.『WINELIGHT』
![]() | Winelight (1987/07/07) Grover Washington Jr 商品詳細を見る |
秋も深まってまいりました。あ、立冬すぎたからもう冬? えーと、今回は秋らしいCDを選んだつもりなんです。だからまだ秋ってことでよろしくお願いしますね(笑)
という訳で、今回はサックス奏者のグローヴァー・ワシントン・ジュニアが1980年に発表したアルバム『ワインライト』です。ビル・ウィザースのボーカルをフィーチャーした名曲「ジャスト・ザ・トゥー・オブ・アス」はこのアルバムからシンングルカットされて大ヒットし、グラミー賞を受賞しました。日本では当時流行していた田中康夫氏の小説「なんとなく、クリスタル」の影響で、「クリスタルの恋人たち」という何ともかわいそうな邦題をつけられてしまいましたね。
超一流ミュージシャンと共に製作された、このクールで都会的な雰囲気のスムースジャズのアルバムを、今回もサウンドを中心に聴いていくことにしましょう。
アルバム全体のサウンドとしては、くっきりとした硬めの音像で低音もしっかりと太いのですが、トータル的にはタイトな印象です。これはアレンジによるところが大きいのではないでしょうか。ギターは基本的にミュート奏法か歯切れの良いカッティングで、さらにドラム、パーカッション、スラッピングのベースとパルシブなサウンドがいくつものリズムパターンを作り出しています。ロングトーンを出すのはベースの低音とふんわりと柔らかいエレキピアノ、そして装飾的に用いられるシンセサイザーくらいで、メイン楽器のサックスをサウンド的に邪魔するものは一切ありません。ボーカル曲の「ジャスト・ザ・トゥー・オブ・アス」を除けば、このアルバムでリードを担当する楽器はサックスのみです(ギターソロすらありません)が、そのサックスも「俺が主役だ」と言わんばかりにどーんと最前面に出てくるようなことはなく、全体のオケに収まっている感じです。他にぶつかる音がないので、それでも充分に聞こえるんですね。音量が突出しないように制御されているためか、アドリブプレイでブロウすればするほど音像が奥まっていくように感じられ、サックスという楽器が持つ圧倒的な存在感は希薄になっているように思います。これがグローヴァー・ワシントン・ジュニアのサックスが、ともすれば機械的で冷たいと評される要因のひとつなのかもしれません。
もちろんこれはトータル的な音楽の完成度を追求した音づくりなのでしょう。それは参加ミュージシャンの顔ぶれからもうかがい知る事ができます。スティーブ・ガッド、マーカス・ミラー、ラルフ・マクドナルド、エリック・ゲイル、リチャード・ティーといった超一流メンバーによるバッキングは、一見クールで淡々としているようですが、よく聴くと緻密でありながらも大きなうねりを持った素晴らしい演奏です。まさにこのメンバーにしか作り出すことのできないサウンドと言えるでしょう。
さて、1曲目は表題曲「ワインライト」です。硬い音色のスラップベースと、まるでそのディレイ成分を模したかのようなクラビネット、シンセサイザーのシーケンスかと思うほど正確なミュートギター、良く聴くと実に多彩な叩き分けをしているハイハット、そして力強いバスドラム。これらリリースの短いパーカッシブなサウンドと、シュワーンというノイズ系とリリースの長いパッド系の単音シンセサイザーが、見事な緊張感を作り出しているイントロに、いきなり魅了されてしまいますね。
そこに入ってくるグローヴァー・ワシントン・ジュニアのサックスは、ボリュームを抑え、感情さえも抑制されているかのようですが、よく聴くと実に細かなコントロールがされた表情豊かな演奏です。しかしフレージングの影響か全体的にはかなりクールな印象ですね。程よくかかったリバーブは少しも大げさな感じがしません。途中からたっぷりとフェイザーのかかった柔らかい音色のフェンダーローズが入り、同時に遠くからまるでギターのカッティングのような音が聞こえてきますが、これはおそらく低域をばっさりとカットしたクラビネットだと思います。
リズムパターンが変わってアドリブのパートに入り、徐々に盛り上がっていきますが、このとき裏打ちのスラップベースとギターのカッティングが見事にぴったりユニゾンしていますね。マーカス・ミラーのベースは低域が太く高域はシャープで、周波数帯域の広い素晴らしいサウンドです。
2曲目「レット・イット・フロウ」には (For "Dr.J") というサブタイトルがつけられています。これは黒人バスケットボール選手のジュリアス・アービングに捧げられた曲だそうです。
「ワインライト」よりも少しテンポが速く、ベースのフレーズがとても印象的です。この曲にも独特の緊張感がありますね。ゆったりと甘いサックスのフレーズと、このベースパターンが交互に繰り返されるアレンジが面白いと思います。中盤からは同じベースのフレーズがスラッピングに替わったりしますね。スネアの音は柔らかめですが、ここぞという時には力強いバスドラムがユニゾンして重量感を出しているように思います。サックスのアドリブは相当にアツいプレイなのですが、前述のように何歩か後ろへ下がったかのように音量が抑えられているかなという感じがしました。リズムのアクセントと共に入る、フィルターがかかったようなブラス系シンセサイザーがいい味を出しています。
3曲目は、非常に柔らかい音色のソプラノサックスが印象的な「イン・ザ・ネーム・オブ・ラヴ」です。低い音量からそっと始まるイントロはとてもソフトなイメージですが、重く輪郭のはっきりしたバスドラムが全体をしっかりと支えているようです。ソプラノサックスには空間全体を包み込むかのように深いリバーブがたっぷりとかかっています。柔らかいサウンドのギターによるオブリガート的な短いフレーズも心地良いですね。リムショットとカウベルか常にユニゾンしていますが、一糸乱れぬこのタイミングは見事の一言です。甘く柔らかな雰囲気の曲でもバッキングはどっしりと、かつシャープにリズムを刻んでいるので、軟弱には感じません。
ちなみにこの曲は、作曲者のひとりでもあるラルフ・マクドナルドのアルバムの中に、ビル・ウィザースをフィーチャーしたボーカルバージョンが収録されています。
4曲目「テイク・ミー・ゼア」もソフトな雰囲気で始まります。イントロのベースとエレピ、ギターが作り出す複合フレーズがいいですね。この曲ではテナーサックスが主役になり、他の曲よりも前に出てきているように思います。アタックにベルのような音色を含んだパッド系シンセサイザーがクールで都会的な雰囲気を出していますよ。徐々に盛り上がり、倍のテンポになったときに左チャンネルから聞こえるカウベルのプレイは必聴です。ソフトな雰囲気とホットなプレイが交互に繰り返される構成は、ベタといえばベタですが、やっぱり聞き惚れてしまいます。
そして5曲目、グローヴァー・ワシントン・ジュニア最大のヒット曲「ジャスト・ザ・トゥー・オブ・アス」です。エフェクトのたっぷりかかったフェンダーローズと力強いバスドラムが作り出す雰囲気に、待ってましたと声をかけたくなってしまいますね(笑)。何のショックもなく自然に入ってくるボーカルは、どちらかといえば少しこもったような、ヌケのよくないサウンドですが、それがこの曲にぴったりとハマッているように思います。間奏のサックスはくっきりとヌケた鮮やかなサウンドで、そのフレーズに絡むちょっとユーモラスな音色のシンセサイザーもいい感じです。左右に広がったソフトな女性コーラスもいいですね。
ソロをとるスチールドラムは、柔らかいながらも金属的な響きをもつ素晴らしいサウンドです。この色彩感、アコースティックな楽器が出す音とは思えませんね。この楽器を考案した人に拍手を贈りたい気分です。その後やっと主役のサックスソロとなります。非常にホットなアドリブを展開していますが、ボーカル曲にしては長い長いこの間奏部分はスチールドラムソロを含めて3分ほどもあり、シングルカットされたバージョンではこの部分がバッサリとカットされています。こうなるともはやグローヴァー・ワシントン・ジュニア名義の曲とは言い難い感じですが、実際にこの曲はボーカルのビル・ウィザースの名前でクレジットされていることもあるようです。最大のヒット曲がこの扱いって、ちょっと哀しいかもしれません(笑)。
ラスト6曲目はまた落ち着いた、ちょっとジャジーな雰囲気もある「メイク・ミー・ア・メモリー」です。微妙にザラついたサックスの音色がいい感じですね。ミディアムテンポでそのまま続くとダルくなってしまいそうですが、そこは超一流のミュージシャンによる演奏です。様々にリズムパターンを変えたりアクセントを加えたりして飽きさせません。よく聴くと、初っ端のかすかに聞こえるトライアングルをはじめとする数多くのパーカッションがオーバーダブされてるので、それを聞き分けるだけでも充分に楽しめます(笑)。
後半のサックスソロではちょっとスパイロ・ジャイラを思わせるようなフレーズもちらりと聞こえてきたりしますね。なんだかんだと言ってもさすがはグローヴァー・ワシントン・ジュニア、多彩なフレーズが次から次へと出てきて、あっという間にこのアルバムを聴き終えてしまいました。
スムースジャズの父と言われるグローヴァー・ワシントン・ジュニアは、1999年に心臓発作で亡くなりました。そういえば昨年12月にラルフ・マクドナルドも亡くなっていますし、リチャード・ティー、エリック・ゲイルと、このアルバムに参加したミュージシャンのうち4人がもうこの世の人ではないのですね。そんな感傷も抱きつつ、秋の夜長に(秋ですってば)この名盤に耳を傾けるのもいいかもしれません。
お酒はやっぱりワインでしょうね。ジャケットの写真と同じく、白ワインが合うでしょうか。
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Category: CDレビュー > JAZZ/FUSION
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