音の基礎講座7 音を打ち消す?
天災は忘れた頃にやってくる、などと言いますが、まさに忘れた頃にやってくる音の基礎講座でございます。天災よりも始末が悪い、なんて言わないでくださいね。実に1年以上のブランクを経て、気まぐれ臨時講座の開講であります。
それでは早速始めましょう。
きーんこーんかーんこーん ← 開講のチャイムですよん。
それでは早速始めましょう。
きーんこーんかーんこーん ← 開講のチャイムですよん。
天災といえば、多くの帰宅困難者を出した東日本大震災以降、通勤・通学に自転車を利用する人が増え、それに伴って事故も増えているのだそうです。対策として自転車の歩道走行禁止、車道左側通行を促すという流れになってきているみたいですね。私としては道路環境の整備が先ではないかと思うのですが、いずれにしてもルールを守り安全に配慮した走行を皆が心がける必要があるでしょう。特に自転車が車道を走る場合は左側通行を遵守したいものです。逆走になることは本当に危険だと思います。
はい、出てきました今回のキーワード。
無理矢理な感じもしますが、今回は逆走ならぬ「逆相」についてお話しします。
…久しぶりなこの感じ、脱力してたらこの後もちませんよ。皆さんついてきてくださいね。
逆相とは逆位相のことで、ある特殊な音のパターンを指す言葉です。
逆位相ということは、常識的に考えて逆の位相ってことですね。じゃあ位相ってなに? ってな事になるのですが、私はこれまでの基礎講座の中で、あえて位相については触れてきませんでした。あ、音の方向を判断するくだりのあたりでちょこっと「位相」という単語は出しましたけど、詳しい説明はしていません。で、今回も説明しません。
をを、職務怠慢だ。授業料返せ。教育委員会に訴えてやる。この風邪っぴき野郎。
…たしかにまだ風邪気味ですけど、授業料ももらってないし教育委員会とも関係ないです、私。
ひとりで何やってんだ状態ですが、「位相」は基礎講座で扱うには少しばかり難しいのです。「音の基礎」という意味では知らなくてもいいんじゃないかな、と思うので、あ・え・て・スルーしていきます。
まあ強いて簡単に言えば「主に、非常に短い時間差から生じる音色変化の原因になるもの」くらいに認識していれば充分でしょう。ただし、音を専門的に学びたい人や、複数のマイクロホンを用いて音を収録する機会のある人にとっては重要かつ基本的な事柄です。もしもそういった内容に触れる機会があれば、その時に詳しく説明したいと思います。
さて、逆相です。音とは「空気中で起こった何らかの振動が空気を押したり引いたりして、空気の密度の高い部分と低い部分が交互に発生し、波のように伝わっていく」ものだと前に説明しました。
ある音の、空気を「押す」と「引く」が、完全に逆転してしまった状態を、「逆相」や「逆位相」あるいは「位相の反転」などと言います。この場合、「ある音」を基準にして「逆相の音」が存在するわけで、「逆相の音」は単独では意味を成しません。また、自然界には完全な逆相の音は存在しません。が、逆相は電気的には簡単に作りだす事ができます。
録音用のミキサーには「フェイズスイッチ」なる物が装備されている場合があります。「位相反転スイッチ」なんて説明されているかもしれません。このスイッチを入れると、入力された音が逆相になります。また、アンプとスピーカーを繋いでいるケーブルおよびコネクタにはプラスとマイナスの表記があると思いますが、これを逆に配線すれば逆相のできあがりです。
先述の通り、逆相の音は単独では意味を成しません。何らかの音を聞いて「この音は「押す」と「引く」がひっくり返っているゾ」なんて判断できるはずがありません。しかし、元の音と重なったときに変化が現れます。
通常、ふたつの同じ音が重なったとき、その音量は大きくなります。図で表すとこんな感じです。

これは音を表す波形表示で、横方向に時間が進んでいきます。縦方向は音の強さ(大きさ)で、クネクネの上の頂点が空気を押しきった状態、下の頂点が空気を引ききった状態を示しています。
本当はこれがもっと延々と続くのですが、そのうちの一部分(2サイクル分)だけを切り出してみました。
今度は逆相の音が重なった場合です。

このように、ふたつの音は「押す力」と「引く力」が打ち消し合い、なくなってしまいます。
実際に空間で聞こえる音については、ふたつの音が完全に打ち消し合ってしまうことはないでしょうが、電気回路上の電気信号としての音ならば、完全な逆相の音を加えれば、音は完全になくなってしまいます。
これを応用したのがノイズキャンセリング式のヘッドホンです。ヘッドホンの外側にマイクがついていて周囲の音を収録し、この逆相の信号を発生して、聴きたい音楽には影響を与えず周囲の音だけを打ち消してしまうというものです。乗り物の中など、周囲の雑音が大きい状況で特に効果的だと聞いた事があります。
また、鉄道や高速道路の防音壁に、この技術を応用しようという動きもあるようです。
実験してみましょう。
ここにとある音楽を収録した20秒ほどの音声ファイルがあります。まずは聞いてみてください。
これ、歌っているのは私です。今まで正体を隠してきましたが、実は私、女性フォークシンガーだったのです!
なんてね。ウソです、ウソです。私は単なる冴えない中年のおぢさんです。はい。
言うに事欠いて何て事言ってんだ、てな感じですが、すみません。許してください。
ええと、この音声ファイルで注目する点は、まずステレオ音声であるということ。そして、ボーカルとベースとバスドラムが中央に定位し、左右それぞれのチャンネルに別々のアコースティックギターが聞こえていること、です。
ステレオ音声である、ということは、右チャンネルと左チャンネルのふたつの音声チャンネルが存在するということです。そして、ボーカルとベースとバスドラムが中央に定位しているということは、これらのパートは左右両方のチャンネルにまったく同じ状態(音量)で収録されているということです。そしてアコギの1本は右チャンネルのみに、もう1本は左チャンネルのみに収録されているという事です(厳密には完全にセパレートしてる訳じゃないかもしれませんが、ここではそういうことにしといてくださいね。お・ね・が・い、うふふ)
うー、自分でも気持ち悪くなりそうですが(ならやるなよ)、右チャンネル音声と左チャンネル音声の、どちらか片方を逆相にしてミックスしたら、同じ状態(音量)で収録されたボーカルとベースとバスドラムは打ち消されてしまうはずですよね。幸い、電気的な逆相は簡単に作り出すことができます。やってみましょう。
左右のチャンネルをミックスしたので、モノラル音声になってしまいましたが、どうですか、中央に定位していたパートは見事に消えてしまったでしょう? アコースティックギターはしっかりと聞こえていますね。ボーカルは消えてしまいましたが、左右に広げられたボーカルの残響(リバーブ)は残っています。
ボーカル入りの音楽から、ボーカルのみをカットするという「ボーカルキャンセラー」の基本がこれです。周波数帯域を区切るなどの工夫をすればもう少しきれいに仕上げることができるかもしれませんね。しかし、どんなに頑張ってもミックスされた音源の中からボーカル(もしくは他の1パート)だけをきれいに消してしまうことはできません。
さて、ある音に逆相の音を重ねると、お互いの音を打ち消し合ってしまうということが理解できたでしょうか。ここでは音を電気信号にした状態で重ねたため、完全な打ち消しが起きました。では、耳で聞くことのできる(電気信号でない)音とその逆相の音が「空間」で混じり合ったらどうなるでしょうか。空気の振動である音はあらゆる方向に拡散していくので、完全な打ち消しが起こらないであろうことは想像がつくと思います。
ここでもうひとつ実験をしてみます。ステレオには右スピーカーと左スピーカーがありますが、どちらか片方だけ逆相の音を出したらどのように聞こえるでしょう。
この実験はスピーカーの設置環境の違いや聞こえ方の個人差によって、明確に感じ取れない可能性もあります。ふたつのスピーカーの正面、真ん中あたりで聞くとわかりやすいでしょう。ふたつのスピーカーと自分の頭を線で結んだときに正三角形ができるくらいのポジションが理想的だと思います。ただ、私のiMacの内蔵スピーカーでもちゃんと聴き取れましたから、そんなにシビアに設置位置を調整する必要はありません。そして、空間で混じり合う音を感じてほしいのでヘッドホンでなくスピーカーを使用してください。ヘッドホンではわかりにくいですしね。
まずは正常な状態の音。先程と同じ音声ファイルです。
ボーカルやベースがふたつのスピーカーの中央に聞こえることに注目してください。
次に片方のチャンネルだけ逆相にした状態です。
いかがですか。ベースなどの低音は空間で多少打ち消し合って弱く聞こえると思いますが、全体的にふんわりとした感じの音になり、ボーカルやベースの位置(方向感)があいまいになっていませんか。人によっては音が左右のスピーカーの外側や、頭の後ろ側に回り込んだように聞こえる場合もあるでしょう。いずれにしても大変気持ちの悪い音場感を味わうことができると思います。
私たちは音の方向を判断する際に、左右の耳に音の到達する時間差や、頭や耳介に反射した微妙な音色の違いを聴き取っている、と以前にお話ししました。とりわけ複雑な形をした耳介で様々に反射した音は、微妙な時間差を生じます。先程ちょっとだけ触れた「位相」が関係してくるのですが、微妙な時間差を伴った複数の音が重なり、そこで生じる音色の変化を聴き取って音の方向を判断している訳です。
逆相というのは位相の特殊な状態です。左右別々の方向から逆相の音が聞こえてくる事など、自然界ではあり得ません。この異常な状態を耳が感じ取ったときに、私たちの脳は音の方向性を見失うのです。
この実験は、ステレオ装置のスピーカーケーブルのプラスとマイナスを片チャンネルだけ繋ぎ変えれば、簡単に行うことができます。気持ちが悪いので、私はやろうとは思いませんけどね。
もし、二つめの音声ファイルのほうがどっしりとして正常な音に聞こえたならば、スピーカーケーブルの接続をチェックしてみる必要があるでしょう。
以前、秋葉原の某有名ショップの楽器売り場で、店内のBGMが逆相になっているのに気付いたことがあります。店内の特定の位置に立つと、逆相特有のあの気持ちの悪い音場を感じました。おそらくスピーカーの配線ミスでしょう。店員さんに忠告しようかな、とも思いましたが、この音の中で平気で働いている人に逆相云々と説明しても理解してもらえない可能性があるし、そうなったら面倒だと思いスルーしてしまいました。えへへ。教えてあげたほうがよかったのかなあ。
ええと、今の実験で音の違いがよくわからなかった人の為に、オマケでもうひとつ音を聞いていただきましょう。今度はオーケストラヒットの音です。一度目に正常な音、二度目に片チャンネル逆相の音が鳴ります。短い音ではありますが、こちらの音源のほうが違いが判りやすいかもしれません。
はい、今回の講座は以上です。逆相という特殊な音の面白さが分かっていただけたでしょうか。
比較的内容盛りだくさんで実験が多かったため、分かりやすさを優先し、オヤジギャグ(?)の比率が減りました。こちらを期待していた人には(いるのか?)ごめんなさいです。はい。
大変久しぶりの「音の基礎講座」でした。またの機会があるかどうかは私にもわかりませんが、思いついたら気まぐれに開講するかもしれません。では、その日までごきげんよう。
きーんこーんかーんこーん
※ご注意※
今回実験に使用した音声ファイルの音楽には著作権が存在します。私は使用許諾を得ていますが、これらのファイルをダウンロードするなどして使用することは、二次使用となり著作権法違反になります。絶対に使用しないでください。
よろしければランキング投票をお願いします→

Category: 音の基礎講座
15:28 | Comment(8) | TrackBack(0) | EDIT